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ぽすと・すくりぷと



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見えない向こう側



あれから一週間経ったが、山口は来なかった。
一応授業が被ってない日も、彼女が選択していた科目を覗いてみたが、やはりいなかった。
葬式は行かなかった。いや、行けなかった。
実は山口がサンドイッチを残して部屋から出て行った日、秋桜から住所を教えてもらっていた。
だけども僕の足は鉛のように重くなり、葬式当日僕は授業も出ずに、一日山頂の小さな公園で夜を過ごした。
同情はしなかった。
世界には僕が今呼吸をしている間にも人間が死んでいる。
ただそれが僕の知らないところで死んでいる。
今回はたまたま近くで起きたのだ。
人間はいつか死ぬ。ただそれが速かっただけ。
ただそれとは別に、僕は彼女の気持ちを多少なりとも理解していると思っている。
何故なら僕もまた両親が死んだのだから。

深夜0時僕は昼間に買っておいたお供え用の墓石を持って家を出た。
秋桜から(何故知っていたのか分からないのだが)山口の両親の墓石を教えてもらい場所は分かっていた。
幸い自転車で数十分ということで、電車に乗る必要はなかった。
実際の所山口とも深い関わりはないし、もちろん山口の両親とは面識すらない。
だけど何かが僕の足を動かした。
例の白幕の言葉を無視した責任感からか、それとも葬式に出なかった罪悪感。
どれも違うような気がした。
ただ山口が僕と同じ境遇に立ったことがどうしてもほっとけなかった。
それでたぶん山口の両親に挨拶をしようと思った。
たぶんそんな感じだと思う。
正直今自分の気持ちは分からない。
どうしたいのかも、先の見えぬままの目的も。
ずっとぐるぐると思考をしている間に僕は山口の両親の墓石へと着いた。
幸い街灯が墓所の垣根と隣り合うように建っていたので、直ぐに見つけることができた。

いざ彼女の両親の墓石の前に立つと不思議と心が穏やかになった。
いや、嵐の前の静けさなのかもしれない。
おそらくこの時点ではお供えの花は供えられているだろうと思い、あまり多く買わなかった。
僕はそっと墓石の両端に花を挿すと、目の前で手を合わせて目を閉じた。
目を閉じている間、何も考えなかった。

一息つくと僕は彼女の両親の墓石をぼんやりと眺めた。
月は雲から見え隠れして、きれいな大理石の石は月が雲から顔を出すたびにきれいに反射した。
死者に口はなし。
僕の両親は死ぬときに何を思ったのだろうか。
そして山口の両親も何を思ったのか。
今ではもう明かすことのできない言葉。
もう戻ってこない。
山口は両親の死を受け入れることができたのだろうか。

「あ―――」

ちょうど僕立っている通りの曲がり角に人影が見えた。
それは偶然とでも言うべきか、山口だった。
僕は表情を変えなかった。
こんなときどういう表情をしていいのか分からなかった。
でも、これも運命なんだろうな、と僕は思った。
沈黙だけが長い時間流れ続ける。

「ね、春秋君は両親が死んだときどんな感じだった?」

僕は少しだけ考えた。

「悲しかった。けど、何というかすんなりと受け入れられたと思う」
「そ、か」

山口との距離は変わらない。
まるで境界線のようなものだった。
だとしたら僕は、山口から見るとどう映るのだろう。

「あっ、ありがとね。きっと父さんと母さん喜ぶから」
「どうかな。会ったこともないし。逆に押しつけがましいかなと思って」

僕は本当にこの墓に花を供える権利があるのだろうか。
本当にこの墓に眠る人に対して祈ることができたのだろうか。

「ううん、私が嬉しかったからそれでいいの」
「山口が?」

山口はようやく一歩踏み出した。
正方形の石畳が道に敷き詰められていて、所々に隙間から雑草が生えている。
ちょうど距離にして石畳八個分の距離。

「私ね、春秋君の事もっと冷たい人だと思ってた」
「・・・・ん」

たぶんそれは当たっている。
僕と言う人間は優しくなんかなく、きっと甘い人間なのだ。

「でもさ、何というかこんな時間帯に来てくれるなんて思ってもなかったから」
「それは――――」

それは山口と顔を合わせづらくてこんな時間帯になったのだ。

「私の為を思ったんでしょ?」
「いや、山口の為を思ってじゃない。僕が単に自分の都合でこの時間を選んだんだ」
「うん、でもその都合が、きっと私の気持ちを汲み取ってるんだと思う」

僕は被りを振った。
でも反論するほど僕は理由を持ってはいなかった。
ただ単純に彼女をほっとけなかった。でも、会いたくはなかった。
相反する気持ちの結果、ぼくは山口と会わない深夜の時間帯を選んだ。
この行動は単に僕の考えから生まれ、僕の考えから行動している。

「それで、これからどうするんだ山口は」
「どうしようか?」

どこかぎこちない笑顔で山口は言った。

「でもさ、きっとお父さんやお母さんが死んでなくても、私はその質問に答えられなかったんだと思うんだ」

山口の言うことは確かにそうだった。
両親が生きていても、死んでいても、自分が何をしたいかなんて簡単には答えられない。
僕だって将来の目標も目的もないままに生きている。

「うん・・・とりあえず大学には行くよ」

それは自分に言い聞かせるような話し方だった。

「そうか」
「でも、家は出て行こうかなと思ってる。一人で住むにはやっぱり大きすぎるから」
「そうか」

結局僕は何をしたいのだろう?
山口を慰めたいのか、でもそうだとしても、出てくる言葉は相槌しかなかった。

「優しいね、春秋君は」
「そんな事はない」
「ううん、私思うんだ。優しさなんて本人にはきっと分からないんだよ。受け取った側が思って初めて優しさなんだと思うの」

僕は山口の話をじっと聞いていた。
口に出さなければ分からないのと一緒で、気付かなかったら一生そのまま人は生き続ける。
思っていても口に出さなければ同じ事。
ふと右のポケットが振動した。どうやら携帯電話にメールが着信していたらしい。

「電話?」
「いや、メールだから大丈夫」

僕は携帯のカバーを開いてメールを確認する。
秋桜からのメールだった。

「そっか、うん・・・」

これがたぶん、会話の切れ目となったんだろう。
あくまで僕の推測だけれども、僕以上に山口は他人と喋る事に対して気を使っているのだと思う。
自分の両親が死んだ事に対して自分の立ち位置が、逆に周りから気を使わせまいと考えている。
それは山口の優しさでも、甘さでもなんでもなく、きっと山口自身を構成する根底の部分。
友達が多いくせに自分の事はなかなか喋らない。そして頼らない。

「それじゃ、私戻るから」

最後に笑顔を一つ残して、山口は踵を返した。
心なしか山口の歩くスピードはいつもよりも早かったように感じた。
ただ、この距離が僕にとってちょうどいいと思ってしまった。
付かず離れず、ただ決して交わる事はない。
そういった状態に少しほっとしている自分がいる。
そしてそんな自分が僕は心の底から嫌悪していた。

結局秋桜からのメールは自宅に戻ってから確認した。
なにか予感めいたものがあったのだが、それにしても運命なのかなんなのか僕には判断がつかなかった。
彼女のメールには山口の両親の死因が記載されていた。
おそらくは秋桜の父親のソース。
メールの内容には他殺であろうという憶測とそれに基づく理論が書かれていた。
他の人から見ても、警察から見てもたぶんただの殺人事件なんだろう。

しかし違った。
もう何年も前に見た、資料となんら変わりはなかった。
秋桜、もしくは彼女の父親が気がついたのかもしれない。
つまるところ、同じ現象が起きていたということ。

山口の両親は、僕の両親と同じ殺され方をしていた。


■ぽすと・すくりぷと 02
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